2003年9月3日
3時起床。
速攻、シャワーを浴びて、飯を食う。
カスカスしたパンとチーズとオレンジジュース。
毎回どこで買っても同じような大雑把な味。
飽きてきたのか、慣れてきたのか、良く分からない。
4時にロビー前に出た。
バンに乗り込み、他のホテル客も収集し、セスナの空港へ。
記念撮影と相変わらず分からない英語の説明を聞く。
日本人客はいなかった。
朝日が出始めた頃、セスナに搭乗し、いざグランドキャニオンへ。
およそ、1時間30分位でグランドキャニオンへ到着する。
しかし、この時点では、このセスナの本当の恐ろしさをまだ分かっていなかった。
キャプテンまでの距離が10M位先で、全員含め10人くらいしか乗り込んでいない。
英語ガイドのヘッドホンを着用する。
30分位もすれば、眼下にはグランドキャニオンらしき風景が見えてきた。
美しすぎる光景だ。
谷底には赤茶色のコロラド河が流れている。
見渡す限りグランドキャニオン。
と思っていた矢先、強風で飛行機が蛇行し始めた。
突然、上下に動き出す。
ジェットコースターよりタチが悪い。
ジェットコースターはレールがあるから次に急カーブが来るって身構えて曲がれるけど、天候との勝負。
いきなり20M位下降すると思えば、いきなり20M位上昇する。
定位置に戻ったかと思えば、今度は50M位下降する。
しかも、いきなり…
後方に座っていたアメリカ人の方は、マーライオン状態。
それも、何回も、何人も…
流石に最後の方は早く着かないかなと思っていた。
9時頃、無事(?)グランドキャニオン国立公園最寄の空港に到着した。
といっても、セスナ専用のしょっぼい空港。
歩いてバスに乗り、午前中は全体概要程度の説明や歴史を聞かされた。
底の深さは、下りで大人の足で8時間、上りだと12時間かかるらしい。
底の河見たさに歩くと、1泊を余儀なくされる。
(なので、底深くまでには行かないでとの事)
さらに、対岸まで25KM。
橋なんかなく、バスで何十時間も迂回しないと到着できない。
なんて広大な公園なのだろう。
その後、午後17時までは自由行動。
昼飯を食し、早速シャトルバスでグランドキャニオン内を回る。
グランドキャニオン内とは、シャトルバスでビューポイント10箇所位を回るコースがあった。
この広いグランドキャニオンを短時間で回れるわけはないので、その各拠点を感じようとした。
バスは何本か走っていて(無料)、適当に人が乗ったら出発する。
10分もすれば、別のバスが来て、また適当に人が乗ったら出発する。
なので、別にあせる事もなく、ゆっくりと堪能できる。
(因みに拠点間は歩けるけど歩くと相当時間がかかるので辞めておいたほうが良い。)
あるビューポイントで感じたこと。
本当に世界は広い。
自分なんて、本当ちっぽけの人間であることが良く分かる。
自分の悩み、将来の不安なんて、全てが吹き飛んでしまう。
また、別のビューポイントで、谷底への道があった。
といってもハイキングコースみたいな道。
少し下ってみた。
赤茶けた道をドンドン下る。
すれちがうアメリカ人はほとんど皆笑顔で挨拶してくれる。
俺もなれてきたのか、相手が笑顔で挨拶してくる前に、笑顔で挨拶するようになった。
こういう所、日本にはない文化だ。
見習うべき所だと思う。
さらに下る。
ロバに乗った客がいたりヘトヘトになって上ってくる客ともすれ違った。
そうこうしている内に、山小屋みたいな所に着いてしまった。
あまり時間もないので、ここで一休憩して来た道を引き返す。
はっと気が着くと、結構下っていた。
しかし、まだまだ序の口レベル。
コロラド河の水1滴も見えはしない。
さすが上りはきつく、戻った時には息が切れていた。
上からさっき着いた山小屋を見ると、結構小さく見えた。
しかし、崖である以上、上から河の水はみれない。
なんて、自然は雄大なのだろうか。
そうこうしている内に、時間が迫ってきたので、残りの各ビューポイントを周り、スタート地点に戻ってきた。
お土産屋を見たり、そこら辺にいる人に話しかけたりして、出発の時間を待つ。
帰りもセスナだった。
来た飛行よりもさらに激しく上下する。
しかも真横で雷雲があったり、大雨の所もあったり(360度パノラマだと、それくらい天候が良く分かる。)で、凄い飛行だった。
夜19時頃、ラスベガスに戻ってきた。
そこから、客を各ホテルに送ってくれた。
正直、早朝からの行動であった為、ヘトヘトだった。
ビールを飲み、速攻ねた。
※グランドキャニオンの広大な自然は、今でも脳裏に残っている。
2011年02月19日
2010年06月05日
ラスベガス観光(1日目)
2003年9月2日
11時起床。
流石に昨日の20時間に及ぶ大移動の疲れが出たのか爆睡した。
取敢えず、カーテンをを明け外を見る。
快晴。
蒸し暑そうな感じではなく、カラッとした感じ。
すぐに外に飛び出したい気持ちになった。
シャワーを浴びた。
そして、ラスベガスに来た最大の目的グランドキャニオンに行くために、ガイドブックに掲載されている『1日グランドキャニオンツアー』
に申し込めるか聞いてみた。
$120でセスナで1日往復観光。
観光といってもセスナ往復以外はほぼ自由。
情報は今これしか持っていないので、市内のエージェントに行って話を聞いてみる事に。
12時30分。
部屋を出て、市内観光。
目の前に、ニューヨークニューヨークが見える。
アメリカに来て初めて降りた地を思いだす。
http://www.youtube.com/watch?v=m4x_gRgRaSQ
こんなホテルおかしいだろ?(笑)
ホテルにジェットコースターがついてんぞ。
しかも、自由の女神やら、エンパイヤステートビルもある。
明らかにカジノで儲けた金でこんないらんもんいっぱいつけてんだね。
つまり、カジノをやればあなたは負けますよと言っているように聞こえた。
この時、俺は人生において、カジノは絶対にやらないと確信した。
それにしても良い天気。
砂漠気候は生存できるか否かと言う勝手なイメージがあったが、過ごしやすい。
歩く。
この街の感想は、やはりカジノ立国。
各ホテルが凄く豪華。
あるホテルでは、20メートル位ある噴水があったり、別のホテルにはスフィンクスがいたり。
ニューヨークニューヨーク含め、面白そうなホテルに、興味本位で入ってみた。
必ず一階がカジノになっている。
真昼間からビールのみながらブラックジャックやってたり、スロットやってたり。
この街は、住むというよりか、観光地。
そして、同時に探しているグランドキャニオンツアー。
道端でツアーのチラシ配っている人から情報を得たり、屋台みたいな所で写真を持った人と話したり、エージェント(日本で言うHIS等の支店みたいな所)内で話聞いたり。
結局、金額、時間の長さ・出発帰宅時間を考慮に入れて、ガイドブックに掲載されている『1日グランドキャニオンツアー』に行く事にした。
そんなこんなで時間は19時を過ぎていた。
辺りが徐々に暗くなってきた。
スーパーで飯を買い、ホテルで食べる事にした。
ホテルにつき、シャワーを浴び、飯を食う。
そして、21時頃、1回だけカジノに挑戦した。
(社会勉強が目的。)
中学の時、ゲーセンでスロットで大当たりを出した事があり、スロットに挑戦!
1回¢25。
合計2回やった。¢50負けた。
もう2度とやらない事を固く誓った(笑)
色々カジノ場を散策。
ブラックジャックをやっている人達を見つける。
高校の修学旅行で1回だけルールを教えてもらいやった事はあるが、もうルールなんて忘れている。
人がやっているのをみてルールを思い出す。
競馬のゲームを見つけた。
日本のゲーセンにある競馬ゲームと同じだ。
オモチャの馬が、コースを回る。
頼れるのは、恐らく『勘』のみ。
血統なんてないし、情報は馬の番号と名前のみ。
何をどう分析したら良いのか全く分からないので、適当に見ていた。
カジノに併設されているバーがあったのでバーテンに頼んでビールを一杯。
ビールと共にこのカジノを見入る。
大人の娯楽。
学生貧乏旅行者には金がもたない。
こんな世界もあるんだなぁと感じカジノを後にした。
23時頃に就寝した。
11時起床。
流石に昨日の20時間に及ぶ大移動の疲れが出たのか爆睡した。
取敢えず、カーテンをを明け外を見る。
快晴。
蒸し暑そうな感じではなく、カラッとした感じ。
すぐに外に飛び出したい気持ちになった。
シャワーを浴びた。
そして、ラスベガスに来た最大の目的グランドキャニオンに行くために、ガイドブックに掲載されている『1日グランドキャニオンツアー』
に申し込めるか聞いてみた。
$120でセスナで1日往復観光。
観光といってもセスナ往復以外はほぼ自由。
情報は今これしか持っていないので、市内のエージェントに行って話を聞いてみる事に。
12時30分。
部屋を出て、市内観光。
目の前に、ニューヨークニューヨークが見える。
アメリカに来て初めて降りた地を思いだす。
http://www.youtube.com/watch?v=m4x_gRgRaSQ
こんなホテルおかしいだろ?(笑)
ホテルにジェットコースターがついてんぞ。
しかも、自由の女神やら、エンパイヤステートビルもある。
明らかにカジノで儲けた金でこんないらんもんいっぱいつけてんだね。
つまり、カジノをやればあなたは負けますよと言っているように聞こえた。
この時、俺は人生において、カジノは絶対にやらないと確信した。
それにしても良い天気。
砂漠気候は生存できるか否かと言う勝手なイメージがあったが、過ごしやすい。
歩く。
この街の感想は、やはりカジノ立国。
各ホテルが凄く豪華。
あるホテルでは、20メートル位ある噴水があったり、別のホテルにはスフィンクスがいたり。
ニューヨークニューヨーク含め、面白そうなホテルに、興味本位で入ってみた。
必ず一階がカジノになっている。
真昼間からビールのみながらブラックジャックやってたり、スロットやってたり。
この街は、住むというよりか、観光地。
そして、同時に探しているグランドキャニオンツアー。
道端でツアーのチラシ配っている人から情報を得たり、屋台みたいな所で写真を持った人と話したり、エージェント(日本で言うHIS等の支店みたいな所)内で話聞いたり。
結局、金額、時間の長さ・出発帰宅時間を考慮に入れて、ガイドブックに掲載されている『1日グランドキャニオンツアー』に行く事にした。
そんなこんなで時間は19時を過ぎていた。
辺りが徐々に暗くなってきた。
スーパーで飯を買い、ホテルで食べる事にした。
ホテルにつき、シャワーを浴び、飯を食う。
そして、21時頃、1回だけカジノに挑戦した。
(社会勉強が目的。)
中学の時、ゲーセンでスロットで大当たりを出した事があり、スロットに挑戦!
1回¢25。
合計2回やった。¢50負けた。
もう2度とやらない事を固く誓った(笑)
色々カジノ場を散策。
ブラックジャックをやっている人達を見つける。
高校の修学旅行で1回だけルールを教えてもらいやった事はあるが、もうルールなんて忘れている。
人がやっているのをみてルールを思い出す。
競馬のゲームを見つけた。
日本のゲーセンにある競馬ゲームと同じだ。
オモチャの馬が、コースを回る。
頼れるのは、恐らく『勘』のみ。
血統なんてないし、情報は馬の番号と名前のみ。
何をどう分析したら良いのか全く分からないので、適当に見ていた。
カジノに併設されているバーがあったのでバーテンに頼んでビールを一杯。
ビールと共にこのカジノを見入る。
大人の娯楽。
学生貧乏旅行者には金がもたない。
こんな世界もあるんだなぁと感じカジノを後にした。
23時頃に就寝した。
タグ:アメリカ
2010年05月23日
いざ、ラスベガス!
2003年9月1日
7時起床。
昨日買っておいたパンと野菜、オレンジジュースで朝食を食す。
30分位でたいらげ、8時前にチェックアウト。
ケーブルカーに乗り、グレイハウンドバスターミナルを目指す。
バスは、9時発で15時にロスに到着し、そこから乗り換えてラスベガスへ向かうというスケジュール。
ロスからラスベガスへのバスの時間は不明との事。
共に大きな街なので乗り換えはそんなに手間にはならないだろうと言う意識。
少なくとも、今日の夜にはラスベガスに着くだろう。
アメリカの長距離移動の際には、何度もこのグレハンを使っているので、9時発と言われても、遅くなるのは知っている。(笑)
案の定、バスは10時に来て(1時間遅れ)、そこからグイグイロスを目指す。
高速から見た朝のサンフランシスコの車窓は、いつもと変わらない美しい街だった。
暫く行くと、見たことのある街に着いた。
先日来たギルロイだった。
小さなバスステーションだったが、懐かしかった。
迷った思い出が頭をよぎった。
バスはグイグイ飛ばす。
途中お決まりのハンバーガー屋での昼食タイム。
まずいが食うものがこれしかないので、食す。
ハンバーガー2個で十分。
ポテトや飲み物なんて買った日には、最悪ループにはまるので辞めておいた。
それにしてもアメリカは広大だった。
高速道路片側5車線位あり、景色は広大な自然。
コンビニとか道の駅なんてありゃしない。
乾燥地帯のなかに、一本の道(片側5車線だけど)があるのみ。
と〜くのほうに山が見える。
あとは何もない。
動物の『ど』の字もない。(笑)
そして本当、グレハンは、飯は食うときに食わないと次いつ飯が食えるのか分からない。
また、トイレやガソリンスタンドも同じ。
バス内にトイレなんてないから、飯のときに行かないと次いつになるか分からない。
勿論、アメリカ人もそれを知っているので、飯時はトイレが大混雑。
なので、飯時はいつもトイレに行ってから飯を食っていた。
そんなこんなで、17時前にロスのバスターミナルに到着。
2時間も遅れている。
ラスベガス行きのバスを調べてみると、17時30分だった。
ラスベガスに着くのは、翌1時頃予定。
ターミナルの売店でパンを買い、歯磨きをして、待つ。
すぐにバスが来て乗り込む。
ロスの夕方を後にし、ラスベガスを目指す。
19時頃にはあたりは真っ暗になってしまい、正直辺りは何も見えない。
隣に座っていたおじさんは、結構ガタイがよく俺の席まではみ出してくる。
でも、アメリカ人ってそういうの気にしないのか、俺もゆったり座る。
常時、おじさんと膝がぶつかっていた。(笑)
22時を過ぎた頃、正直つらくなっていた。
移動時間が長いとうのが1番の理由だが、ろくなモン食ってないし、ケツ痛いし、暑いし。
寝るしかなかった…
ふと、23時30分くらいに起きた。
すると、目の前に突如ネオンで輝く高層ビル群が見えてきた。
すごい。
砂漠の中にたたずむ摩天楼とはこのことか。
暗黒の闇の中にたたずむ摩天楼を見たときは、今日の疲れが全て吹き飛んだ。
暫く見入ってしまった。
ラスベガス。
言わずもしれたカジノの街。
各ホテルの1階はほとんどカジノがある。
ラスベガスの街は、大きく北と南に分かれ主に栄えているのが南エリア。
有名な『ニューヨークニューヨーク』や『ルクソール』なんかは南エリアにある。
あとは、自然に近いということもあり各種ツアーが豊富。
有名なグランドキャニオンやモニュメントバレーなんかは、ラスベガスを拠点にツアーを組むのが普通だ。
ニューヨークニューヨーク:http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html
ラクソー:http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html
バスは、キタエリアに到着し、空港はミナミエリアにある。
1時前、ラスベガスに到着した。
ガイドブックに載ってる安宿を探す。
しかし、ラスベガスの宿はそれほど高くない。
40階建てのホテルでも$22と破格。
正直めんどくさくなったので、そこに決めた。
そこは、『トロピカーナ(http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html(今は少し価格が上昇しているみたい))』というホテル。
ストリップ通り(ラスベガスのメイン通り。)でニューヨークニューヨークの真向かいにある好立地。
そこで$22は申し分ない。
市内バスはなく、キタエリアから徒歩でミナミエリアに向かう。
夜だけど結構明るくて、人も少なく治安面も特に嫌な予感はしなかった。
30分位歩いたが、流石に10キロ先のミナミエリアへはこれ以上歩けなく、仕方なくタクシーを使った。
恐らく、アメリカへきてはじめてのタクシー乗車。
この楽な道具は正直一番嫌いだ。
便利であるが、乗客は何も考えなくて良いからだ。
ものの5分で着いた。(笑)
即効チェックインし、シャワーを浴び就寝。
約20時間に及ぶ移動だった。
3時前だった。
7時起床。
昨日買っておいたパンと野菜、オレンジジュースで朝食を食す。
30分位でたいらげ、8時前にチェックアウト。
ケーブルカーに乗り、グレイハウンドバスターミナルを目指す。
バスは、9時発で15時にロスに到着し、そこから乗り換えてラスベガスへ向かうというスケジュール。
ロスからラスベガスへのバスの時間は不明との事。
共に大きな街なので乗り換えはそんなに手間にはならないだろうと言う意識。
少なくとも、今日の夜にはラスベガスに着くだろう。
アメリカの長距離移動の際には、何度もこのグレハンを使っているので、9時発と言われても、遅くなるのは知っている。(笑)
案の定、バスは10時に来て(1時間遅れ)、そこからグイグイロスを目指す。
高速から見た朝のサンフランシスコの車窓は、いつもと変わらない美しい街だった。
暫く行くと、見たことのある街に着いた。
先日来たギルロイだった。
小さなバスステーションだったが、懐かしかった。
迷った思い出が頭をよぎった。
バスはグイグイ飛ばす。
途中お決まりのハンバーガー屋での昼食タイム。
まずいが食うものがこれしかないので、食す。
ハンバーガー2個で十分。
ポテトや飲み物なんて買った日には、最悪ループにはまるので辞めておいた。
それにしてもアメリカは広大だった。
高速道路片側5車線位あり、景色は広大な自然。
コンビニとか道の駅なんてありゃしない。
乾燥地帯のなかに、一本の道(片側5車線だけど)があるのみ。
と〜くのほうに山が見える。
あとは何もない。
動物の『ど』の字もない。(笑)
そして本当、グレハンは、飯は食うときに食わないと次いつ飯が食えるのか分からない。
また、トイレやガソリンスタンドも同じ。
バス内にトイレなんてないから、飯のときに行かないと次いつになるか分からない。
勿論、アメリカ人もそれを知っているので、飯時はトイレが大混雑。
なので、飯時はいつもトイレに行ってから飯を食っていた。
そんなこんなで、17時前にロスのバスターミナルに到着。
2時間も遅れている。
ラスベガス行きのバスを調べてみると、17時30分だった。
ラスベガスに着くのは、翌1時頃予定。
ターミナルの売店でパンを買い、歯磨きをして、待つ。
すぐにバスが来て乗り込む。
ロスの夕方を後にし、ラスベガスを目指す。
19時頃にはあたりは真っ暗になってしまい、正直辺りは何も見えない。
隣に座っていたおじさんは、結構ガタイがよく俺の席まではみ出してくる。
でも、アメリカ人ってそういうの気にしないのか、俺もゆったり座る。
常時、おじさんと膝がぶつかっていた。(笑)
22時を過ぎた頃、正直つらくなっていた。
移動時間が長いとうのが1番の理由だが、ろくなモン食ってないし、ケツ痛いし、暑いし。
寝るしかなかった…
ふと、23時30分くらいに起きた。
すると、目の前に突如ネオンで輝く高層ビル群が見えてきた。
すごい。
砂漠の中にたたずむ摩天楼とはこのことか。
暗黒の闇の中にたたずむ摩天楼を見たときは、今日の疲れが全て吹き飛んだ。
暫く見入ってしまった。
ラスベガス。
言わずもしれたカジノの街。
各ホテルの1階はほとんどカジノがある。
ラスベガスの街は、大きく北と南に分かれ主に栄えているのが南エリア。
有名な『ニューヨークニューヨーク』や『ルクソール』なんかは南エリアにある。
あとは、自然に近いということもあり各種ツアーが豊富。
有名なグランドキャニオンやモニュメントバレーなんかは、ラスベガスを拠点にツアーを組むのが普通だ。
ニューヨークニューヨーク:http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html
ラクソー:http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html
バスは、キタエリアに到着し、空港はミナミエリアにある。
1時前、ラスベガスに到着した。
ガイドブックに載ってる安宿を探す。
しかし、ラスベガスの宿はそれほど高くない。
40階建てのホテルでも$22と破格。
正直めんどくさくなったので、そこに決めた。
そこは、『トロピカーナ(http://www.lvtaizen.com/hotel/index.html(今は少し価格が上昇しているみたい))』というホテル。
ストリップ通り(ラスベガスのメイン通り。)でニューヨークニューヨークの真向かいにある好立地。
そこで$22は申し分ない。
市内バスはなく、キタエリアから徒歩でミナミエリアに向かう。
夜だけど結構明るくて、人も少なく治安面も特に嫌な予感はしなかった。
30分位歩いたが、流石に10キロ先のミナミエリアへはこれ以上歩けなく、仕方なくタクシーを使った。
恐らく、アメリカへきてはじめてのタクシー乗車。
この楽な道具は正直一番嫌いだ。
便利であるが、乗客は何も考えなくて良いからだ。
ものの5分で着いた。(笑)
即効チェックインし、シャワーを浴び就寝。
約20時間に及ぶ移動だった。
3時前だった。
タグ:アメリカ
2010年04月12日
サンフランシスコ市内観光(6日目)
2003年8月31日
7時起床。
今日でサンフランシスコともお別れ。
サンフランシスコは大体見て周ったので、最終日は今まで訪れた場所を再度訪れ、思い出を残す事にした。
8時頃ユースを出て、ケーブルカーでロシアンヒルを目指す。
足取りが重く、1歩1歩踏みしめて歩いていた。
このロシアンヒルはいつもケーブルカーで通過していた場所。
眺めも良いし、明日は見れないとか思うと感慨深くなった。
そして、そこから徒歩で「ワシントンスクエア」を目指すことに。
ここはまだ来ていなかった場所で、教会と大きな公園がある。
読書をする青年や、ベンチで休息している老夫婦、犬の散歩をしている家族ずれがいた。
近くにあったホットドック屋でホットドックとコーラを買い、公園の芝生の上で食べた。
色々考えた。
日本を経って1ヶ月。
俺、なんか変われたかなぁ。
今まで色々な人にあったなぁ。
家族は元気か?
これからラスベガス行って、ロス行くけどどこに泊まって何しようかなぁ。
日本帰国したら、何のバイトしようかなぁ。
将来の事やどうでもいいような事まで、様々考えた。
結局、ここで考えられたことは考えて、先すぎることはここで考えていても拉致が開かないので、また歩き出す事にした。
数日ぶりにユニオンスクエアに行った。
ここはファッションの中心街的な場所。
東京で言う青山みたいな所だ。
リーバイスジーンズを1着買い、この辺りを後にした。
夕方になってきたので、最後にフィッシャーマンズワーフに行った。
あのクリームチャウダーが食べたかった。
この極寒のサンフランシスコで異に染み渡るクリームチャウダー。
本当に美味しかった。(やっぱり舌火傷したけど。)
最後ともあり、いつも食材買いに行っていたスーパーに最後の買出しに行く。
今日最後ともあり、Sサンと一緒に飲む約束をしていた。
帰りにゴールデンゲートブリッジを見た。
暗闇の中、先端は霧に隠れた大きな橋だった。
荷作りし、シャワーを浴び、ビールを飲む。
Sさんとの他愛もない話。
周りには大勢のアメリカ人。
みんな楽しそうだった。
程よく酔い、もう暫くこのユースにいるというSさんにMさんから貰った調味料(マヨネーズとか)を引き継いだ。
代々伝わってくれと願わんばかりだ。
1時過ぎに寝た。
7時起床。
今日でサンフランシスコともお別れ。
サンフランシスコは大体見て周ったので、最終日は今まで訪れた場所を再度訪れ、思い出を残す事にした。
8時頃ユースを出て、ケーブルカーでロシアンヒルを目指す。
足取りが重く、1歩1歩踏みしめて歩いていた。
このロシアンヒルはいつもケーブルカーで通過していた場所。
眺めも良いし、明日は見れないとか思うと感慨深くなった。
そして、そこから徒歩で「ワシントンスクエア」を目指すことに。
ここはまだ来ていなかった場所で、教会と大きな公園がある。
読書をする青年や、ベンチで休息している老夫婦、犬の散歩をしている家族ずれがいた。
近くにあったホットドック屋でホットドックとコーラを買い、公園の芝生の上で食べた。
色々考えた。
日本を経って1ヶ月。
俺、なんか変われたかなぁ。
今まで色々な人にあったなぁ。
家族は元気か?
これからラスベガス行って、ロス行くけどどこに泊まって何しようかなぁ。
日本帰国したら、何のバイトしようかなぁ。
将来の事やどうでもいいような事まで、様々考えた。
結局、ここで考えられたことは考えて、先すぎることはここで考えていても拉致が開かないので、また歩き出す事にした。
数日ぶりにユニオンスクエアに行った。
ここはファッションの中心街的な場所。
東京で言う青山みたいな所だ。
リーバイスジーンズを1着買い、この辺りを後にした。
夕方になってきたので、最後にフィッシャーマンズワーフに行った。
あのクリームチャウダーが食べたかった。
この極寒のサンフランシスコで異に染み渡るクリームチャウダー。
本当に美味しかった。(やっぱり舌火傷したけど。)
最後ともあり、いつも食材買いに行っていたスーパーに最後の買出しに行く。
今日最後ともあり、Sサンと一緒に飲む約束をしていた。
帰りにゴールデンゲートブリッジを見た。
暗闇の中、先端は霧に隠れた大きな橋だった。
荷作りし、シャワーを浴び、ビールを飲む。
Sさんとの他愛もない話。
周りには大勢のアメリカ人。
みんな楽しそうだった。
程よく酔い、もう暫くこのユースにいるというSさんにMさんから貰った調味料(マヨネーズとか)を引き継いだ。
代々伝わってくれと願わんばかりだ。
1時過ぎに寝た。
2010年04月11日
サンフランシスコ市内観光(5日目)
2003年8月30日
朝、7時頃に起きた。
朝食を食しにキッチンに向かう。
なんと、今日でTさんがユースを去るそうだ。
T「今日でサンフランシスコを出て、ロスに向かう。その後、バスでボストンを目指すよ」
俺「マジっすか!?色々とありがとうございました。自分も明後日にここを経ち、ラスベガスい向かいます。また逢えたらいいですね!」
ユースに1週間もいれば、その部屋の古株になるw
大体各ベット一回転したようだ。
欧米人は長く、俺以上にステイしている人が1人、2人はいる。
今日はサンフランシスコから近い「ギルロイアウトレットモール」に出かける。
いつも通り、ケーブルカーに乗って、グレハンバスストップを目指す。
タイムスケジュールを貰い、バスストップでしばしバスをまつ。
定刻になったが、いつまで経ってもまだ来ない。
しかし、こんなのご愛嬌。
1時間の遅れくらいでイライラしていたらこの国では生きていけない。
2時間くらい待ち、ロス行きのバスに乗り、最初の停留所「ギルロイ」を目指す。
3時間弱位で、ギルロイについた。
正直、辺りは住宅街。
本当にこの辺りにアウトレットモールなんてあるのか?的なバスストップだった。
取り敢えず、アウトレットモール行きの地図を貰い、勘で行く事に。
実は、地図が詳細ではないのだw
住宅街を抜け、さらに歩くと片道5車線のでかい国道にでた。
そこに、大きくアウトレットモールの広告があった。
なかなかいい線である。
信号なんてどこにあるかも分からない(恐らく数キロ先)ので、車がいなくなった隙をみて中央分離帯にむけ、ダッシュ=3
すると、反対車線は車がひっきりなしに走っていたので、アウトレットモール目指し、中央分離帯を徒歩w
こんなのなれたもんじゃいw
暫く行くとアウトレットモールについた。
もう13時を回っていた。
各アウトレットモールを見て周ったが、でかすぎる。
とても一日じゃ回りきれる店数ではないので、自分が行きたい店をピックアップし、効率よく周れるように計画を立てる。
半日だが十分楽しめた。
いよいよ最終バスの時刻に迫ってきたので、引き返す事に。
ここで、ちょっとトラブル勃発。
アウトレットモールくらいでかいと目印になって良いのだが、逆にバス停なんてちっこくて分かりゃしない。
持っていた地図を参考に元来た道を引き返す。
しかし、どうも迷ってしまった。
辺りは17:00を過ぎ、段々暗くなり始めていた。
バスの定刻は17:30。
暫く歩くがすでにどこにいるのか分からなかった。
タクシーもいないし、人に聞くが、知らんという。
ふと時計を見ると、17:40。
終わった…
正直今日はこの辺で野宿を考え始めていた。
その辺の住人に頼んで、泊めてもらおうかとも考えた。
その時、来た道で頭の中にあった家が見えてきた。
しかも、その家からほんの少し歩いたところがバス停である。
18時過ぎにバス停についた。
もう営業時間外なのか、中に人っ子一人いない。
今後の事を真剣に考え始めた。
すると、1アメリカ人のおっちゃんが同じようにバスを待っているようだった。
俺「where do you wanna go?」
A「Los Angeles and you?」
俺「San Francisco」
A「Which bus shall not be match ..whether come... 」
俺「Has the bus for San Francisco already ended?」
A「i don't know」
そんな、どっちのバスが来るか勝負だなんて。
どちらにしても、遅れているかもしれないので少し待つ事にした。
バスが来なかったら、野宿かな〜
このおっちゃんについて、ロスに行くのもありだなw
その時だった。
19時過ぎ、辺りはほぼ暗くなりかけていたとき1台のグレハンがやってきた。
さぁ、どっちだ?
「For San Francisco」の文字が見えた。
A「good rack」
俺「thank you」
危ねぇ〜w
このバスが来ていなかったら本当どうなっていたことか。
冷や冷やモンだった。
無事3時間後グレハンサンフランシスコ支店に到着した。
そこからケーブルカーでユースに戻り、11時過ぎに飯食って寝た。
朝、7時頃に起きた。
朝食を食しにキッチンに向かう。
なんと、今日でTさんがユースを去るそうだ。
T「今日でサンフランシスコを出て、ロスに向かう。その後、バスでボストンを目指すよ」
俺「マジっすか!?色々とありがとうございました。自分も明後日にここを経ち、ラスベガスい向かいます。また逢えたらいいですね!」
ユースに1週間もいれば、その部屋の古株になるw
大体各ベット一回転したようだ。
欧米人は長く、俺以上にステイしている人が1人、2人はいる。
今日はサンフランシスコから近い「ギルロイアウトレットモール」に出かける。
いつも通り、ケーブルカーに乗って、グレハンバスストップを目指す。
タイムスケジュールを貰い、バスストップでしばしバスをまつ。
定刻になったが、いつまで経ってもまだ来ない。
しかし、こんなのご愛嬌。
1時間の遅れくらいでイライラしていたらこの国では生きていけない。
2時間くらい待ち、ロス行きのバスに乗り、最初の停留所「ギルロイ」を目指す。
3時間弱位で、ギルロイについた。
正直、辺りは住宅街。
本当にこの辺りにアウトレットモールなんてあるのか?的なバスストップだった。
取り敢えず、アウトレットモール行きの地図を貰い、勘で行く事に。
実は、地図が詳細ではないのだw
住宅街を抜け、さらに歩くと片道5車線のでかい国道にでた。
そこに、大きくアウトレットモールの広告があった。
なかなかいい線である。
信号なんてどこにあるかも分からない(恐らく数キロ先)ので、車がいなくなった隙をみて中央分離帯にむけ、ダッシュ=3
すると、反対車線は車がひっきりなしに走っていたので、アウトレットモール目指し、中央分離帯を徒歩w
こんなのなれたもんじゃいw
暫く行くとアウトレットモールについた。
もう13時を回っていた。
各アウトレットモールを見て周ったが、でかすぎる。
とても一日じゃ回りきれる店数ではないので、自分が行きたい店をピックアップし、効率よく周れるように計画を立てる。
半日だが十分楽しめた。
いよいよ最終バスの時刻に迫ってきたので、引き返す事に。
ここで、ちょっとトラブル勃発。
アウトレットモールくらいでかいと目印になって良いのだが、逆にバス停なんてちっこくて分かりゃしない。
持っていた地図を参考に元来た道を引き返す。
しかし、どうも迷ってしまった。
辺りは17:00を過ぎ、段々暗くなり始めていた。
バスの定刻は17:30。
暫く歩くがすでにどこにいるのか分からなかった。
タクシーもいないし、人に聞くが、知らんという。
ふと時計を見ると、17:40。
終わった…
正直今日はこの辺で野宿を考え始めていた。
その辺の住人に頼んで、泊めてもらおうかとも考えた。
その時、来た道で頭の中にあった家が見えてきた。
しかも、その家からほんの少し歩いたところがバス停である。
18時過ぎにバス停についた。
もう営業時間外なのか、中に人っ子一人いない。
今後の事を真剣に考え始めた。
すると、1アメリカ人のおっちゃんが同じようにバスを待っているようだった。
俺「where do you wanna go?」
A「Los Angeles and you?」
俺「San Francisco」
A「Which bus shall not be match ..whether come... 」
俺「Has the bus for San Francisco already ended?」
A「i don't know」
そんな、どっちのバスが来るか勝負だなんて。
どちらにしても、遅れているかもしれないので少し待つ事にした。
バスが来なかったら、野宿かな〜
このおっちゃんについて、ロスに行くのもありだなw
その時だった。
19時過ぎ、辺りはほぼ暗くなりかけていたとき1台のグレハンがやってきた。
さぁ、どっちだ?
「For San Francisco」の文字が見えた。
A「good rack」
俺「thank you」
危ねぇ〜w
このバスが来ていなかったら本当どうなっていたことか。
冷や冷やモンだった。
無事3時間後グレハンサンフランシスコ支店に到着した。
そこからケーブルカーでユースに戻り、11時過ぎに飯食って寝た。
2010年01月24日
サンフランシスコ市内観光(4日目)
2003年8月29日
朝5:30起床。
Tさんに起こされた。
Sさんもほぼ同時に起床した。
5:50分頃にユースホステルを出発し、6時過ぎ頃にレンタカー屋についた。
Tさんが要領よく手続きをして下さり、6時過ぎに出発。
マツダの普通車だった。
と、いきなりガソリンが空だったので、近くのガソリンスタンドに寄った。
サンフランシスコ市内を抜けて高速道路へ出た。
Hさんはボストンに留学中とのこともあり、結構運転には慣れた手つきだった。
サンフランシスコ市内を一望した。
いつ見ても美しい街である。
2、3時間経った。
すでにどこを走っているか分からない。
周りに何もない荒野をどんどん進む。
遠くの方に、風力発電のプロペラ機がたくさんあった。
持っている情報は、Tさんが昨日ツアーデスクで貰って来たという地図のみ。
しかし、主要道路でヨセミテまでの行き方が載っているだけで、詳細な地図ではない。しかも、距離感が日本とは異なりハンパない。
2、3時間走ったところで、地図上1CMも進んでいない事もよくある。
小腹が減ってきたので、朝飯にする事にした。
今日の朝飯は、バーガーキングだった。
ハンバーガーとポテトとコーラ。
お決まりのドライブランチ。
アメリカの高速道路は本当に道のみで、コンビニとかパッと入れたのもではない。いつ飯が食えるのか、正直分からない。休憩所があれば食べられるレベル。
ガソリンスタンドも同じで、いつガソリンスタンドがあるのか分からない。なので、今回もここで給油をして出発した。
常に満タンにしておかないと、次のガソリンスタンドが100KM先とか普通にある話。
途中、若干迷いながらも2時頃ヨセミテ国立公園入口辺りにつく。
●ヨセミテ国立公園●
公園の広さは3,081平方キロメートルで、シエラネバダ山脈の西山麓に広がっている。ここには年間約350万人が訪れるが、その殆んどは公園全体の1パーセントにも満たないヨセミテ渓谷(18平方キロメートル)に集中している。
1984年に世界遺産に登録され、そそり立つ白い花崗岩の絶壁、そこを流れ落ちる多くの巨大な滝、谷や木々の間を流れる澄んだ大小の川、ジャイアントセコイアの巨木の林、生物学的な多様性が世界的に知られることとなった。 公園全体の約89パーセントは手付かずの自然のままである。また、ヨセミテは初めて連邦政府により指定された国立公園である。第一号の国立公園(Yellowstone National Park)では無いが、ヨセミテを紹介したジョン・ミュアー(John Muir)を初めとする先達の貢献が米国の国立公園の創設に非常に重要な役割を果たした。
ヨセミテ国立公園は、シエラネバダ山脈の中で最大規模の、もっともまとまった生態地域であり、多様な植物、動物の生息地域である。公園は高度600メートルから4,000メートルの地域を含み、次の5つの主な植生帯からなっている。シャパラル/オーク森林帯(chaparral/oak woodland)、低地・低山植生帯(lower montane)、高地・低山植生帯(upper montane)、亜高山帯(subalpine)、および高山帯(alpine)である。カリフォルニアには7,000種の植物が生えているが、そのうちの50パーセントがシエラネバダ山脈にあり、20パーセント以上がヨセミテ公園内に見られる。160種以上の貴重な植物の生息地域があり、その形成にはヨセミテの他に類を見ない地質学的な生い立ちと、特異な土壌が寄与している。また、アメリカグマや、アライグマなどの哺乳類が約100種類、鳥類が200種類以上生息している。またセコイアの大木でも有名である。
ヨセミテの地質学的特徴は、大部分を覆う花崗岩とそれより古い岩の組み合わせにある。およそ1,000万年前にシエラネバダ山塊が隆起し、その後傾斜して、西側の緩やかに傾く高原と、東側の急峻な山肌を形成した。この傾斜により川の流れは更に激しさを増し、湾曲して山をえぐり急峻な渓谷を生んだ。約100万年前に、氷河が高山の草原帯を覆い、谷に沿って流れ下り始めた。氷河期初めには、ヨセミテ谷を埋め尽くした氷の厚さは1,200メートルに達したと考えられている。氷河の流れによって作られたU字谷の美しい景色が、いま旅行者を魅了している
(wikipediaより流用)
公園入口からさらに車で公園の中心に進む。
入口から、2時間弱位進むと、いよいよ公園の近くに着きそうな雰囲気になってきた。
(こんな感じです)
http://www.colorsjapan.com/yosemite/
ハーフドームも見た。
http://www.saloonusa.com/new_page_96.htm
ヨセミテ国立公園中心辺りを散策し、16時位にヨセミテを後に発車した。
ヨセミテ国立公園入口を目指している途中、Tさんに無理なお願いをした。
「自分に運転させていただけませんか?」
「え?ああ、いいよ」
初めても右側右ハンドル。
最初は初めて車を運転する位テンパった。
道は、山道(といってもいろは坂みたいな山道ではなく、平坦な登り道や下り道が入交じる感じ)で、片側一斜線。
暫くすると、自分の車を先頭に渋滞してきてしまった。
(自分の運転が遅かったため。)
なので、どんどん抜かれていく。
悔しくなり、徐々にスピードを上げる。
すると、警官が待機していた。(隠れていた。)
自分の車を追ってくる。
「ヤベッ」
徐々にスピードを下げる。
すると、警官の車は戻っていった。
正直、無免許運転(国際ドライバーライセンスがない)だったので捕まったらどうなるか分からなかった。
Tさんに謝って、交代してもらった。
車は、元来た道を引き返す。
夜は10時過ぎくらいにユースに到着した。
正直、3人ともヘトヘトで、スーパーに飯を買いに行き、地下のキッチンで食べ、すぐに寝た。
3人とも即寝だった。
朝5:30起床。
Tさんに起こされた。
Sさんもほぼ同時に起床した。
5:50分頃にユースホステルを出発し、6時過ぎ頃にレンタカー屋についた。
Tさんが要領よく手続きをして下さり、6時過ぎに出発。
マツダの普通車だった。
と、いきなりガソリンが空だったので、近くのガソリンスタンドに寄った。
サンフランシスコ市内を抜けて高速道路へ出た。
Hさんはボストンに留学中とのこともあり、結構運転には慣れた手つきだった。
サンフランシスコ市内を一望した。
いつ見ても美しい街である。
2、3時間経った。
すでにどこを走っているか分からない。
周りに何もない荒野をどんどん進む。
遠くの方に、風力発電のプロペラ機がたくさんあった。
持っている情報は、Tさんが昨日ツアーデスクで貰って来たという地図のみ。
しかし、主要道路でヨセミテまでの行き方が載っているだけで、詳細な地図ではない。しかも、距離感が日本とは異なりハンパない。
2、3時間走ったところで、地図上1CMも進んでいない事もよくある。
小腹が減ってきたので、朝飯にする事にした。
今日の朝飯は、バーガーキングだった。
ハンバーガーとポテトとコーラ。
お決まりのドライブランチ。
アメリカの高速道路は本当に道のみで、コンビニとかパッと入れたのもではない。いつ飯が食えるのか、正直分からない。休憩所があれば食べられるレベル。
ガソリンスタンドも同じで、いつガソリンスタンドがあるのか分からない。なので、今回もここで給油をして出発した。
常に満タンにしておかないと、次のガソリンスタンドが100KM先とか普通にある話。
途中、若干迷いながらも2時頃ヨセミテ国立公園入口辺りにつく。
●ヨセミテ国立公園●
公園の広さは3,081平方キロメートルで、シエラネバダ山脈の西山麓に広がっている。ここには年間約350万人が訪れるが、その殆んどは公園全体の1パーセントにも満たないヨセミテ渓谷(18平方キロメートル)に集中している。
1984年に世界遺産に登録され、そそり立つ白い花崗岩の絶壁、そこを流れ落ちる多くの巨大な滝、谷や木々の間を流れる澄んだ大小の川、ジャイアントセコイアの巨木の林、生物学的な多様性が世界的に知られることとなった。 公園全体の約89パーセントは手付かずの自然のままである。また、ヨセミテは初めて連邦政府により指定された国立公園である。第一号の国立公園(Yellowstone National Park)では無いが、ヨセミテを紹介したジョン・ミュアー(John Muir)を初めとする先達の貢献が米国の国立公園の創設に非常に重要な役割を果たした。
ヨセミテ国立公園は、シエラネバダ山脈の中で最大規模の、もっともまとまった生態地域であり、多様な植物、動物の生息地域である。公園は高度600メートルから4,000メートルの地域を含み、次の5つの主な植生帯からなっている。シャパラル/オーク森林帯(chaparral/oak woodland)、低地・低山植生帯(lower montane)、高地・低山植生帯(upper montane)、亜高山帯(subalpine)、および高山帯(alpine)である。カリフォルニアには7,000種の植物が生えているが、そのうちの50パーセントがシエラネバダ山脈にあり、20パーセント以上がヨセミテ公園内に見られる。160種以上の貴重な植物の生息地域があり、その形成にはヨセミテの他に類を見ない地質学的な生い立ちと、特異な土壌が寄与している。また、アメリカグマや、アライグマなどの哺乳類が約100種類、鳥類が200種類以上生息している。またセコイアの大木でも有名である。
ヨセミテの地質学的特徴は、大部分を覆う花崗岩とそれより古い岩の組み合わせにある。およそ1,000万年前にシエラネバダ山塊が隆起し、その後傾斜して、西側の緩やかに傾く高原と、東側の急峻な山肌を形成した。この傾斜により川の流れは更に激しさを増し、湾曲して山をえぐり急峻な渓谷を生んだ。約100万年前に、氷河が高山の草原帯を覆い、谷に沿って流れ下り始めた。氷河期初めには、ヨセミテ谷を埋め尽くした氷の厚さは1,200メートルに達したと考えられている。氷河の流れによって作られたU字谷の美しい景色が、いま旅行者を魅了している
(wikipediaより流用)
公園入口からさらに車で公園の中心に進む。
入口から、2時間弱位進むと、いよいよ公園の近くに着きそうな雰囲気になってきた。
(こんな感じです)
http://www.colorsjapan.com/yosemite/
ハーフドームも見た。
http://www.saloonusa.com/new_page_96.htm
ヨセミテ国立公園中心辺りを散策し、16時位にヨセミテを後に発車した。
ヨセミテ国立公園入口を目指している途中、Tさんに無理なお願いをした。
「自分に運転させていただけませんか?」
「え?ああ、いいよ」
初めても右側右ハンドル。
最初は初めて車を運転する位テンパった。
道は、山道(といってもいろは坂みたいな山道ではなく、平坦な登り道や下り道が入交じる感じ)で、片側一斜線。
暫くすると、自分の車を先頭に渋滞してきてしまった。
(自分の運転が遅かったため。)
なので、どんどん抜かれていく。
悔しくなり、徐々にスピードを上げる。
すると、警官が待機していた。(隠れていた。)
自分の車を追ってくる。
「ヤベッ」
徐々にスピードを下げる。
すると、警官の車は戻っていった。
正直、無免許運転(国際ドライバーライセンスがない)だったので捕まったらどうなるか分からなかった。
Tさんに謝って、交代してもらった。
車は、元来た道を引き返す。
夜は10時過ぎくらいにユースに到着した。
正直、3人ともヘトヘトで、スーパーに飯を買いに行き、地下のキッチンで食べ、すぐに寝た。
3人とも即寝だった。
タグ:アメリカ
2010年01月22日
サンフランシスコ市内観光(3日目)
2003年8月28日
同じ部屋の誰かのいびきがうるさくて起きた。
TさんもSさんもぐっすり寝ている。
起こしては悪いので、地下のキッチンに行って、昨日買っておいた朝食を食す。
パンにチーズとハムを挟み食べた。
オレンジジュースも飲んだ。
今日は、ゴールデンゲートブリッジ渡る。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/landmark/goldengate-j.html
今日は天候が良いせいかユースホステルから、結構遠くの方に綺麗に見えた。
ゴールデンゲートブリッジまで歩く事に。
30分くらい歩くと、橋の根元にたどり着いた。
凄く大きな橋だった。
しかも、海峡を跨いでいる為、風が強く橋が左右に揺れている。
正直
「こんな風が強いのに、向こう岸まで行けるのかなぁ…」
と感じていた。
しかし、ここまで来た以上引き下がるという選択肢はなかった。
反対岸目指して、歩き始めた。
歩いて、200Mくらい経過した辺りだろうか。
風は強いわ、下を見れば大海が広がっているわ、左を見れば車が猛スピードで走っているわで生きた心地がしなかった。
所々、休憩地点というかサンフランシスコ市内を一望できるポイントがあった。
霧で霞んではいたものの、サンフランシスコの町並みはとても綺麗だった。
また、反対岸の街並みが、山に面した美しい町街並みだった。
あの街中を歩いてみたい。
正直、そう思った。
そうこうしている内に、橋の中間地点まで来た。
両端ともすでに見えなくなっていた。
正直、いつ引き換えそうかとずっと考えていたが、反対岸の街並み見たさゆえに、反対岸まで行く覚悟ができた。
向こうからは、散歩している夫婦が来た。
パッと目が合ったが、すぐに逸らされた。
結構、緊迫した雰囲気だった。
1時間くらいかけて、反対岸までたどり着いた。
たどり着いた橋の根元は、日本の高速道路(関越自動車道の山の中)みたいな感じで、人っ子1人いない。しかも、道路の先は山に向かって上り斜線になっていた。
「反対岸まで来たはいいものを、引き返そうかな…」
そんな感じだった。
それでも前へ進んだ。
1時間くらい高速道路みたいな道をあるていると、先ほどの綺麗な街並みの街が段々姿を現し始めてきた。
わくわくしてきた。
ガイドブックをみても今いる場所が圏外で、何もわからない。
取り敢えずどんどん歩いた。
すると大きな公園にでた。
霧も晴れ、ポカポカ日和だった。
近くにあるホットドックやでホットドック2つと、コーラを買った食べた。
公園のベンチでゆっくり食した。
流石に少し疲れたようだ。
時計を見ると、11時30分を回っていた。
公園を出ると、バスが走っているのが見えた。
なんとなく街の中心の方へ行く気がしたので、勘で乗り込んだ。
20分くらい乗っていると、街の中心地っぽいところになってきたので、下車した。
お土産屋や、アイスクリーム屋、飲食店や洋服屋があった。
小さい商店街みたいな街だった。
商店街をまっすぐ10分も歩くと、港に出た。ここからサンフランシスコの街並みが綺麗に見えた。
この中心地的な場所も大体見終えたので、帰りはバスで帰る事にした。
取り敢えず、近くにあったバス停が「フィッシャーマンズワーフ」を経由している事がわかったので、その路線のバスが来たときに乗り込んだ?
「Are you going to go Fisherman’s Wharf?」
「Sure!」
来た道をバスは意図も簡単に引き返す。
あっという間にゴールデンゲートブリッジに着き、フィッシャーマンズワーフを目指す。
ものの50分くらいでバスはユースの前に差し掛かった。
一旦、降りて部屋に戻る事にした。
時刻は3時を過ぎていた。
汗もかいた事もあり、シャワーを浴び着替えて再び街へ繰り出す事にした。
クリームチャウダーを食べるために、フィッシャーマンズワーフへ行くことにした。
フィッシャーマンズワーフ辺りで、買い物をする事にした。
ここサンフランシスコに耐えうる服を持っていなかったので、2点長袖の服と気に入ったTシャツを買った。
お目当てのクリームチャウダーを食べ、19時を過ぎたので、ユースに戻る事にした。
すると、TさんもSさんもいたので、一緒にスーパーに行き食材を購入し一緒に飲み、食べた。
Tさんは自分らのために、車の予約までして来てくれていた。
明日の朝は5:30に起き、6:00にレンタカーを借りてヨセミテに行く。
行くのに6時間くらいかかるみたいだ。
今日は、各人の今までの事や、将来のこと等色々話して深夜1時くらいに寝た。
流石に疲れた。
同じ部屋の誰かのいびきがうるさくて起きた。
TさんもSさんもぐっすり寝ている。
起こしては悪いので、地下のキッチンに行って、昨日買っておいた朝食を食す。
パンにチーズとハムを挟み食べた。
オレンジジュースも飲んだ。
今日は、ゴールデンゲートブリッジ渡る。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/landmark/goldengate-j.html
今日は天候が良いせいかユースホステルから、結構遠くの方に綺麗に見えた。
ゴールデンゲートブリッジまで歩く事に。
30分くらい歩くと、橋の根元にたどり着いた。
凄く大きな橋だった。
しかも、海峡を跨いでいる為、風が強く橋が左右に揺れている。
正直
「こんな風が強いのに、向こう岸まで行けるのかなぁ…」
と感じていた。
しかし、ここまで来た以上引き下がるという選択肢はなかった。
反対岸目指して、歩き始めた。
歩いて、200Mくらい経過した辺りだろうか。
風は強いわ、下を見れば大海が広がっているわ、左を見れば車が猛スピードで走っているわで生きた心地がしなかった。
所々、休憩地点というかサンフランシスコ市内を一望できるポイントがあった。
霧で霞んではいたものの、サンフランシスコの町並みはとても綺麗だった。
また、反対岸の街並みが、山に面した美しい町街並みだった。
あの街中を歩いてみたい。
正直、そう思った。
そうこうしている内に、橋の中間地点まで来た。
両端ともすでに見えなくなっていた。
正直、いつ引き換えそうかとずっと考えていたが、反対岸の街並み見たさゆえに、反対岸まで行く覚悟ができた。
向こうからは、散歩している夫婦が来た。
パッと目が合ったが、すぐに逸らされた。
結構、緊迫した雰囲気だった。
1時間くらいかけて、反対岸までたどり着いた。
たどり着いた橋の根元は、日本の高速道路(関越自動車道の山の中)みたいな感じで、人っ子1人いない。しかも、道路の先は山に向かって上り斜線になっていた。
「反対岸まで来たはいいものを、引き返そうかな…」
そんな感じだった。
それでも前へ進んだ。
1時間くらい高速道路みたいな道をあるていると、先ほどの綺麗な街並みの街が段々姿を現し始めてきた。
わくわくしてきた。
ガイドブックをみても今いる場所が圏外で、何もわからない。
取り敢えずどんどん歩いた。
すると大きな公園にでた。
霧も晴れ、ポカポカ日和だった。
近くにあるホットドックやでホットドック2つと、コーラを買った食べた。
公園のベンチでゆっくり食した。
流石に少し疲れたようだ。
時計を見ると、11時30分を回っていた。
公園を出ると、バスが走っているのが見えた。
なんとなく街の中心の方へ行く気がしたので、勘で乗り込んだ。
20分くらい乗っていると、街の中心地っぽいところになってきたので、下車した。
お土産屋や、アイスクリーム屋、飲食店や洋服屋があった。
小さい商店街みたいな街だった。
商店街をまっすぐ10分も歩くと、港に出た。ここからサンフランシスコの街並みが綺麗に見えた。
この中心地的な場所も大体見終えたので、帰りはバスで帰る事にした。
取り敢えず、近くにあったバス停が「フィッシャーマンズワーフ」を経由している事がわかったので、その路線のバスが来たときに乗り込んだ?
「Are you going to go Fisherman’s Wharf?」
「Sure!」
来た道をバスは意図も簡単に引き返す。
あっという間にゴールデンゲートブリッジに着き、フィッシャーマンズワーフを目指す。
ものの50分くらいでバスはユースの前に差し掛かった。
一旦、降りて部屋に戻る事にした。
時刻は3時を過ぎていた。
汗もかいた事もあり、シャワーを浴び着替えて再び街へ繰り出す事にした。
クリームチャウダーを食べるために、フィッシャーマンズワーフへ行くことにした。
フィッシャーマンズワーフ辺りで、買い物をする事にした。
ここサンフランシスコに耐えうる服を持っていなかったので、2点長袖の服と気に入ったTシャツを買った。
お目当てのクリームチャウダーを食べ、19時を過ぎたので、ユースに戻る事にした。
すると、TさんもSさんもいたので、一緒にスーパーに行き食材を購入し一緒に飲み、食べた。
Tさんは自分らのために、車の予約までして来てくれていた。
明日の朝は5:30に起き、6:00にレンタカーを借りてヨセミテに行く。
行くのに6時間くらいかかるみたいだ。
今日は、各人の今までの事や、将来のこと等色々話して深夜1時くらいに寝た。
流石に疲れた。
2009年07月12日
サンフランシスコ観光(2日目)
2003年8月27日
8時起床。
今日でMさんが帰国となり、最後に一緒に朝食を食べた。
「俺、もうこれら使わないから、良かったら使って。こうやって、代々日本人に伝わっていったら良いね。」
Mさんが保存していた塩、胡椒、マヨネーズやパンなんかを食料を根こそぎ頂いた。
学生貧乏旅行の輩としては、大変有難い。
最後に、Mさんが俺にサンフランシスコ専用の本を貸してくれた。
「帰国したら連絡します。本ありがとうございました」
「残りわずかだけど、今後のたびの続きを聞かせておくれよ。」
「勿論です。」
と言い、Mさんと別れた。
サンフランシスコ観光2日目。
外に出ると、もの凄い霧だった。
50M先くらいまでしか見えない。
そう。ここサンフランシスコは太平洋に面した入り江になっており、片や陸地は急な坂が多い為、ほぼ毎日濃霧だった。
そして、昨日と同様鬼寒い…
昨日と同様の格好で町へ繰り出す。
今日は街中心を制覇しようと思う。
近くのケーブルカーで一気にユニオンスクウエアー辺りまで行く。
途中、坂を上っていると、後ろにアラカトラズ島が見えた。
http://miko-t.hp.infoseek.co.jp/j_p_sf_12.htm
昔、犯罪者達を収容していた刑務所。
そこで何人もの犯罪者が脱走を試みて失敗に終わっているらしかった。
(因みに、最終日にアラカトラズ島に見学に行こうとしたら、船の待ちが2週間後とかだったので、行く機会がある方は事前に予約するか、若しくは余裕を持って行かれてください。)
こんな、濃霧の中、あんなチッポケな島に24時間いたら、相当寒いだろうに。
悪いことをしたから、当然と言えば当然ですが。
話は戻って、ユニオンスクエア。
高級デザイナーブランドや大型デパートなどショッピングのメッカであるユニオンスクエアはストックトン、パウェル、ポストそしてジアリーの各ストリートで区画されています。
この一角を囲むように、メイシーズ、ナイマン・マーカス、サックス、FAOシュワルツ、ティファニー、ナイキ、グッチ他多くの店が存在します。
この一角に行きさえすれば勿論ブランド品だけでなくチャイナタウン、フィッシャーマンズワーフからナパバレーからの特産品も購入することができる。
また近くにはPlanet Holleywoodやバージンメガストア、そしてNordstromなどもあります。
そういった意味でもこの周辺はまさにショッピングの拠点となっている。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/gallery/union-j.html
大体ユニオンスクエアに着いたのが、昼前で日も出てきて公園でまったりとサンドイッチとコーヒーを食べた。
ニューヨークにいたときも行ったナイキショップがあったので、入ってみた。
言わば、サンフランシスコ支店みたいな感じで、ニューヨークで売っていたのとあまり大差はなかった。
当たり前か(笑)
さらに、ジーンズ発祥の地であるリーバイス本店にも足を踏み入れた。
あまりジーンズ詳しくないですが、年代物のはかっこよかった。
1820年物とか(笑)
とんでもなく高かったのは覚えている。
少しこの辺を歩いていると、聖堂があった。
大きくて立派な聖堂。
「グレース大聖堂」
http://www.pretty.ne.jp/~kiriko/earth/sf/diary/02.htm
宗教とかあまり興味なかったけど、入ってみた。
シーンとしていて、神聖な空気が漂う。
本場の修道女達がお祈りをしていた。
ステンドグラスとか結構豪華で、1時間くらい浸ってしまったのを覚えている。
さらに街を歩くと、ケーブルカーが来た。
なんかみたことある風景だと思っていたら、昨日今日と使ったケーブルカーだった。
さらに歩き、ロシアンヒルについた。
今日はここを下った。
それにしても、観光客の車で大渋滞(笑)
アジサイの花も綺麗で、映画に使われるのも良く分かるスポットだ。
そのロシアンヒルを真直ぐ行くとコートタワーがあった。
コイトタワー。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/landmark/coittower-j.html
(029の写真の先にあるのがロシアンヒル。)
ここまでに来る途中、大きなタワーレコードがあった。
そういえば、アメリカに着たくせに、洋楽CDを全く買っていなかった。
しかし、洋楽の歌手なんてビートルズ位しか知らない。
そこで、日本の大学の友達で洋楽に詳しいO君に電話をかけた。
O君は突然怪しい番号からかかってきたにも関わらず親切丁寧に教えてくれた。
結論的には、日本で買った方が良い的な話になったので、アメリカではCDを買わないことにした(笑)
夕方になってきたので、別路線のケーブルカーに乗り、宿に帰った。
すると、また新たな日本人が2人いた。
TさんとSさんだった。
Tさん。
年齢35歳くらい。
ボストンの大学に通っている途中とのこと。
すごく真面目そうなかただった。
英語も達者。
Sさん。
自分と同じで初海外。
しかも今日さっきサンフランシスコに着いたらしく、全くの初日。
初々しく思えた。(笑)
確か、27歳くらい。
その晩、3人でスーパー行って買出しし、飲んだ。
そして、明後日、3人でレンタカー借りて、ヨセミテ国立公園へ行く約束をした。
どこに行っても日本人はいるものだ(笑)
8時起床。
今日でMさんが帰国となり、最後に一緒に朝食を食べた。
「俺、もうこれら使わないから、良かったら使って。こうやって、代々日本人に伝わっていったら良いね。」
Mさんが保存していた塩、胡椒、マヨネーズやパンなんかを食料を根こそぎ頂いた。
学生貧乏旅行の輩としては、大変有難い。
最後に、Mさんが俺にサンフランシスコ専用の本を貸してくれた。
「帰国したら連絡します。本ありがとうございました」
「残りわずかだけど、今後のたびの続きを聞かせておくれよ。」
「勿論です。」
と言い、Mさんと別れた。
サンフランシスコ観光2日目。
外に出ると、もの凄い霧だった。
50M先くらいまでしか見えない。
そう。ここサンフランシスコは太平洋に面した入り江になっており、片や陸地は急な坂が多い為、ほぼ毎日濃霧だった。
そして、昨日と同様鬼寒い…
昨日と同様の格好で町へ繰り出す。
今日は街中心を制覇しようと思う。
近くのケーブルカーで一気にユニオンスクウエアー辺りまで行く。
途中、坂を上っていると、後ろにアラカトラズ島が見えた。
http://miko-t.hp.infoseek.co.jp/j_p_sf_12.htm
昔、犯罪者達を収容していた刑務所。
そこで何人もの犯罪者が脱走を試みて失敗に終わっているらしかった。
(因みに、最終日にアラカトラズ島に見学に行こうとしたら、船の待ちが2週間後とかだったので、行く機会がある方は事前に予約するか、若しくは余裕を持って行かれてください。)
こんな、濃霧の中、あんなチッポケな島に24時間いたら、相当寒いだろうに。
悪いことをしたから、当然と言えば当然ですが。
話は戻って、ユニオンスクエア。
高級デザイナーブランドや大型デパートなどショッピングのメッカであるユニオンスクエアはストックトン、パウェル、ポストそしてジアリーの各ストリートで区画されています。
この一角を囲むように、メイシーズ、ナイマン・マーカス、サックス、FAOシュワルツ、ティファニー、ナイキ、グッチ他多くの店が存在します。
この一角に行きさえすれば勿論ブランド品だけでなくチャイナタウン、フィッシャーマンズワーフからナパバレーからの特産品も購入することができる。
また近くにはPlanet Holleywoodやバージンメガストア、そしてNordstromなどもあります。
そういった意味でもこの周辺はまさにショッピングの拠点となっている。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/gallery/union-j.html
大体ユニオンスクエアに着いたのが、昼前で日も出てきて公園でまったりとサンドイッチとコーヒーを食べた。
ニューヨークにいたときも行ったナイキショップがあったので、入ってみた。
言わば、サンフランシスコ支店みたいな感じで、ニューヨークで売っていたのとあまり大差はなかった。
当たり前か(笑)
さらに、ジーンズ発祥の地であるリーバイス本店にも足を踏み入れた。
あまりジーンズ詳しくないですが、年代物のはかっこよかった。
1820年物とか(笑)
とんでもなく高かったのは覚えている。
少しこの辺を歩いていると、聖堂があった。
大きくて立派な聖堂。
「グレース大聖堂」
http://www.pretty.ne.jp/~kiriko/earth/sf/diary/02.htm
宗教とかあまり興味なかったけど、入ってみた。
シーンとしていて、神聖な空気が漂う。
本場の修道女達がお祈りをしていた。
ステンドグラスとか結構豪華で、1時間くらい浸ってしまったのを覚えている。
さらに街を歩くと、ケーブルカーが来た。
なんかみたことある風景だと思っていたら、昨日今日と使ったケーブルカーだった。
さらに歩き、ロシアンヒルについた。
今日はここを下った。
それにしても、観光客の車で大渋滞(笑)
アジサイの花も綺麗で、映画に使われるのも良く分かるスポットだ。
そのロシアンヒルを真直ぐ行くとコートタワーがあった。
コイトタワー。
http://sfo.web.infoseek.co.jp/landmark/coittower-j.html
(029の写真の先にあるのがロシアンヒル。)
ここまでに来る途中、大きなタワーレコードがあった。
そういえば、アメリカに着たくせに、洋楽CDを全く買っていなかった。
しかし、洋楽の歌手なんてビートルズ位しか知らない。
そこで、日本の大学の友達で洋楽に詳しいO君に電話をかけた。
O君は突然怪しい番号からかかってきたにも関わらず親切丁寧に教えてくれた。
結論的には、日本で買った方が良い的な話になったので、アメリカではCDを買わないことにした(笑)
夕方になってきたので、別路線のケーブルカーに乗り、宿に帰った。
すると、また新たな日本人が2人いた。
TさんとSさんだった。
Tさん。
年齢35歳くらい。
ボストンの大学に通っている途中とのこと。
すごく真面目そうなかただった。
英語も達者。
Sさん。
自分と同じで初海外。
しかも今日さっきサンフランシスコに着いたらしく、全くの初日。
初々しく思えた。(笑)
確か、27歳くらい。
その晩、3人でスーパー行って買出しし、飲んだ。
そして、明後日、3人でレンタカー借りて、ヨセミテ国立公園へ行く約束をした。
どこに行っても日本人はいるものだ(笑)
タグ:アメリカ
2009年06月14日
サンフランシスコの市内
2003年8月26日
「ダイキ!ダイキ!」
8時前にMさんに起こされる。
「どうしました?」
「Hさん達、帰るってさ。」
昨晩、一緒に飲んだHさん達が日本に帰国するとのことで、起こされた。
「実は、昨日スリにあってしまった。同じ部屋にいる奴なのは確かだが、気をつけろよ。」
幸い、他のお友達の方からお金を借りるらしいが、正直ビックリした。
「怖いっすね。」
「うん。俺らも気をつけようぜ。」
昨日、酒の買出しに行ったついでに今日の朝食を買っておいた。
ここのユースは、地下にキッチンがあって、冷蔵庫もある。
買っておいたパンとハムとオレンジジュースを取り出し、Mさんと一緒に食す。
朝食後、久々のジーパンと、Tシャツに長袖はおってサンフランシスコ市内に観光に出た。
取敢えず、今日は市内観光。
サンフランシスコ。
ここは昔、金鉱があって、世界中から一財産を築こうとするものが集まって発展した場所。
けど、実際本当に儲かったのは、金鉱に行く人が着るジーパン(当時の作業着)や土を掘り返す道具を売っていた人たちだった。
そして、行く道が坂で出来ており、正直住むのには大変な場所だと感じた。
有名なケーブルカーに乗る。
http://4travel.jp/traveler/yama_san/album/10165447/
柱に手をかけ、坂道をグイグイ登る。
25¢。丁度、坂の上辺りまで来た。
すると、そこに「ロシアンヒル」という有名な坂があった。
http://4travel.jp/traveler/fullhouse2008/pict/14346665/
凄い急勾配にもかかわらず、クネクネした道。
それなのに、下る車がわんさかいた。
間違いなく、観光客。
改めて、後日自分の足でこの坂を下ることにした。
次のケーブルカーに乗り、さらに先へ進む。
すると、チャイナタウンがあった。
ニューヨーク以来のチャイナタウンで、規模はこっちの方が大きかったかな。久しぶりに米が食いたくなった。
とあるレストランに入り、チャーハンを食べる。
ひさしぶりの米、旨かった。
さらに、ケーブルカーにのり、終点まで行く。
終点は、ソーマ付近だった。
ソーマとは、町の中心街であり、ショッピングやら飯やらが売っている。ソーマ辺りをブラブラし、15時過ぎて来たので、来たケーブルカーで一気に最初の場所まで戻った。
そして、フィッシャーマンズワーフに行った。
とは、海に面しており、港や水族館、海鮮系の食事が多くあるところ。
そこで、クリームチャウダーを食べることにした。
http://4travel.jp/traveler/traveler_miami/pict/15615601/
このクソ寒い中、胃の中から温まった。
おかげで、舌を火傷したよ。
夕暮れ時となり、寒くなってきたので、ユースに帰ることにした。
宿に帰ると、Mさんがいた。
一緒に近くのスーパーに行き、酒やら、つまみやら、飯やらを買った。
そして、今日はユースのキッチンで酒を酌み交わし、10時頃に寝た。
「ダイキ!ダイキ!」
8時前にMさんに起こされる。
「どうしました?」
「Hさん達、帰るってさ。」
昨晩、一緒に飲んだHさん達が日本に帰国するとのことで、起こされた。
「実は、昨日スリにあってしまった。同じ部屋にいる奴なのは確かだが、気をつけろよ。」
幸い、他のお友達の方からお金を借りるらしいが、正直ビックリした。
「怖いっすね。」
「うん。俺らも気をつけようぜ。」
昨日、酒の買出しに行ったついでに今日の朝食を買っておいた。
ここのユースは、地下にキッチンがあって、冷蔵庫もある。
買っておいたパンとハムとオレンジジュースを取り出し、Mさんと一緒に食す。
朝食後、久々のジーパンと、Tシャツに長袖はおってサンフランシスコ市内に観光に出た。
取敢えず、今日は市内観光。
サンフランシスコ。
ここは昔、金鉱があって、世界中から一財産を築こうとするものが集まって発展した場所。
けど、実際本当に儲かったのは、金鉱に行く人が着るジーパン(当時の作業着)や土を掘り返す道具を売っていた人たちだった。
そして、行く道が坂で出来ており、正直住むのには大変な場所だと感じた。
有名なケーブルカーに乗る。
http://4travel.jp/traveler/yama_san/album/10165447/
柱に手をかけ、坂道をグイグイ登る。
25¢。丁度、坂の上辺りまで来た。
すると、そこに「ロシアンヒル」という有名な坂があった。
http://4travel.jp/traveler/fullhouse2008/pict/14346665/
凄い急勾配にもかかわらず、クネクネした道。
それなのに、下る車がわんさかいた。
間違いなく、観光客。
改めて、後日自分の足でこの坂を下ることにした。
次のケーブルカーに乗り、さらに先へ進む。
すると、チャイナタウンがあった。
ニューヨーク以来のチャイナタウンで、規模はこっちの方が大きかったかな。久しぶりに米が食いたくなった。
とあるレストランに入り、チャーハンを食べる。
ひさしぶりの米、旨かった。
さらに、ケーブルカーにのり、終点まで行く。
終点は、ソーマ付近だった。
ソーマとは、町の中心街であり、ショッピングやら飯やらが売っている。ソーマ辺りをブラブラし、15時過ぎて来たので、来たケーブルカーで一気に最初の場所まで戻った。
そして、フィッシャーマンズワーフに行った。
とは、海に面しており、港や水族館、海鮮系の食事が多くあるところ。
そこで、クリームチャウダーを食べることにした。
http://4travel.jp/traveler/traveler_miami/pict/15615601/
このクソ寒い中、胃の中から温まった。
おかげで、舌を火傷したよ。
夕暮れ時となり、寒くなってきたので、ユースに帰ることにした。
宿に帰ると、Mさんがいた。
一緒に近くのスーパーに行き、酒やら、つまみやら、飯やらを買った。
そして、今日はユースのキッチンで酒を酌み交わし、10時頃に寝た。
タグ:アメリカ
2009年05月25日
さらばフロリダ。カリフォルニアへの道
2003年8月25日
7時起床。
シャワー浴びて、着替えて、8時チェックアウト。
最後に、マイアミビーチの海岸へ行った。
ビーチで遊ぶ子供達。
ビーチベットで本を読む女性。
マリンスポーツを楽しむ若者…
海もコバルトブルー。
昨日と変わらない光景。
マンゴーシェイクを片手に、9時頃マイアミ国際空港に市内バスで向かった。
懐かしかった(笑)
先日、この場所で、予約したモーテルの名前だけ知っていて、モーテルの住所も電話番号も知らないで、大苦戦した場所からほんの数メートル先の場所に降りた。
あのとき、苦笑していた従業員の顔はそこにはなかった。
11時のフライトに備え、チェックインを済ませ、ボディチェックも済ませ、搭乗ゲートで待っていた。
17時。
アメリカ国内では西海岸と東海岸で3時間の時差があるため、3時間のフライトに加え、正確な時間は分からなかったが、推測では、17時。
とにかく、飛行機から降り、サンフランシスコ市内行きのバス停を探す。
途中、空港清掃員に、何時か?と聞くと、「17:30」と言った。
腕時計の針を17:30にあわす。
時差、丁度3時間。
市バスにも何種類もあり、そこら辺に立っている人に市内行きのバスはどれか聞いた。
「NO.46!」
とにかく、46番バスを待った。
市内へ向かう途中の景色が凄く綺麗だった。
夕日がさし、遠くには大きな山脈が見え、手前側はポツポツと家がある。
フロリダに比べ、湿気がなくカラッとしていた。
しかし、寒すぎる。
日本で言うと、8月の沖縄から一気に10月末の東京に叩きつけられたみたいな気候。
市内へは、1時間30分くらいかかって着いた。
もう夕方とういか、辺りは夜にさしかかろうとしていた。
サンフランシスコ市内に入る手前の橋から市内の全景が見えた。
最高に綺麗。
市内手前は繁華街で、言わば東京タワーからみた都心の夜景。
その先にはゴールデンゲートブリッジがある。
そして、その先には真っ暗な太平洋が広がっている。
その綺麗さには、唖然とした…
市バスで、ユースホステル近くで降ろしてもらい、ユースでチェックインした。
すると、そこで事件は起こった。
チェックインに必要なパスポート提示等、手続きをしている途中、ある日本人男性っぽい人が歩いてきた。
男:「JAPANESE?」
俺:「YES(笑)」
彼の名前はMさん。
一番ビックリしたことは、同じ大学の先輩。
彼は大学院生だったけど、本当にビックリした。
一気に意気投合した。
受付のあんちゃんも気が利いて、Mさんと同じ部屋にしてくれた。
Mさんに飲みに誘われ、上着を一枚着て、中庭にでた。
そう。
ここのユースは中庭があり、かなり広い。
そして、連れらて行った先には、日本人のおじさんが4〜5人くらいいた。
なんとこの方達は、ロッキー山脈登りをされていて、今日ユースについたそうだ。
もう定年を過ぎ、老後の楽しみで来ているそうだ。
合計7人くらいで、夜遅くまで飲んだ。
本当にサンフランシスコは寒く、布団を持ってきて、羽織って飲んでいた。(全員)(笑)
それにしても、日本人はどこにでもいるものだ(笑)
7時起床。
シャワー浴びて、着替えて、8時チェックアウト。
最後に、マイアミビーチの海岸へ行った。
ビーチで遊ぶ子供達。
ビーチベットで本を読む女性。
マリンスポーツを楽しむ若者…
海もコバルトブルー。
昨日と変わらない光景。
マンゴーシェイクを片手に、9時頃マイアミ国際空港に市内バスで向かった。
懐かしかった(笑)
先日、この場所で、予約したモーテルの名前だけ知っていて、モーテルの住所も電話番号も知らないで、大苦戦した場所からほんの数メートル先の場所に降りた。
あのとき、苦笑していた従業員の顔はそこにはなかった。
11時のフライトに備え、チェックインを済ませ、ボディチェックも済ませ、搭乗ゲートで待っていた。
17時。
アメリカ国内では西海岸と東海岸で3時間の時差があるため、3時間のフライトに加え、正確な時間は分からなかったが、推測では、17時。
とにかく、飛行機から降り、サンフランシスコ市内行きのバス停を探す。
途中、空港清掃員に、何時か?と聞くと、「17:30」と言った。
腕時計の針を17:30にあわす。
時差、丁度3時間。
市バスにも何種類もあり、そこら辺に立っている人に市内行きのバスはどれか聞いた。
「NO.46!」
とにかく、46番バスを待った。
市内へ向かう途中の景色が凄く綺麗だった。
夕日がさし、遠くには大きな山脈が見え、手前側はポツポツと家がある。
フロリダに比べ、湿気がなくカラッとしていた。
しかし、寒すぎる。
日本で言うと、8月の沖縄から一気に10月末の東京に叩きつけられたみたいな気候。
市内へは、1時間30分くらいかかって着いた。
もう夕方とういか、辺りは夜にさしかかろうとしていた。
サンフランシスコ市内に入る手前の橋から市内の全景が見えた。
最高に綺麗。
市内手前は繁華街で、言わば東京タワーからみた都心の夜景。
その先にはゴールデンゲートブリッジがある。
そして、その先には真っ暗な太平洋が広がっている。
その綺麗さには、唖然とした…
市バスで、ユースホステル近くで降ろしてもらい、ユースでチェックインした。
すると、そこで事件は起こった。
チェックインに必要なパスポート提示等、手続きをしている途中、ある日本人男性っぽい人が歩いてきた。
男:「JAPANESE?」
俺:「YES(笑)」
彼の名前はMさん。
一番ビックリしたことは、同じ大学の先輩。
彼は大学院生だったけど、本当にビックリした。
一気に意気投合した。
受付のあんちゃんも気が利いて、Mさんと同じ部屋にしてくれた。
Mさんに飲みに誘われ、上着を一枚着て、中庭にでた。
そう。
ここのユースは中庭があり、かなり広い。
そして、連れらて行った先には、日本人のおじさんが4〜5人くらいいた。
なんとこの方達は、ロッキー山脈登りをされていて、今日ユースについたそうだ。
もう定年を過ぎ、老後の楽しみで来ているそうだ。
合計7人くらいで、夜遅くまで飲んだ。
本当にサンフランシスコは寒く、布団を持ってきて、羽織って飲んでいた。(全員)(笑)
それにしても、日本人はどこにでもいるものだ(笑)
タグ:アメリカ


